カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2010年4月 3日 (土)

「バトルトークラジオ アクセス」最終回

 何年かぶりに「アクセス」の事を記事に書きますが、一応は毎日聴いていました。
 この「アクセス」もついに最終回を迎えてしまい、また一つTBSラジオで聴く番組が減ってしまいます。

 何故に聴衆率の高い番組や人気のある番組を無くしてしまうのだか。コサキンしかりアクセスしかり。
 これでTBSラジオで聴く番組はJUNKだけになってしまった。
 TBSテレビの方も既にアニメ以外は観なくなって久しいし。

 TBSが振るわない要因は、番組自体というより、その体質にあるというのに。経営陣だったり、会社のモラルだったり、不祥事が絶えないその姿勢が問題なのであって、それを梃入れの問題にすり替えようとしているように感じられる。

 夜のニュース番組でもそう。確か昨年の春に始まったと思うが、たった一年でそう簡単に結果が出せるものではないだろう。時間をかけて定着させてゆくものなはずだ。
 それを拙速に、結果が出なければ即止めるでは、観る側も生活リズムが安定しないから安心もしない。

 TBSはベイスターズの親会社となっているけれど、何だかそれと一緒になっていると思う。
 その年毎に場当たり的な方針を打ち出しては、上手くいかなければ、それまでの物を捨ててすぐ方針を変える。それを毎年繰り返すから朝令暮改の状態になっている。
 それと同じに見える。

 来週からは22時台はラジオのスイッチを入れることはなくなるかな。

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2009年12月 2日 (水)

2009年新語・流行語大少

 また今年の「新語・流行語大賞」が発表されたけど、また今回も何だかなぁ。と思ってしまうようなものが選ばれてしまったようです。

 大賞に選ばれたもの自体が酷いから。
 「政権交代」なんて、こんなものが取りざたされる事がそもそも一国の国民として恥ずかしいという感情はないのか? と疑ってしまう。
 本来あって然るべきものが今までなかったのが異常だったというのに。

 他にも意味不明の選ばれ方をした語句があるなと思う。
 「脱官僚」や「ぼやき」って今年だけのものではなかったでしょう? ぼやきなんて野村さんが監督になった時には大抵言われている言葉だし。

 「ファストファッション」? 何それ? 聞かなかったけど。

 受賞者がよく解からないのもあるね。「歴女」で杏さんが受賞者として出席したみたいだけど、杏さんって歴女なの? こういうのはそれを名付けた人や広めた人に出席させた方が良いと思うが。

 今回受賞された中で納得のゆくものは、「こども店長」と「「草食男子」くらいかなぁ。新型インフルエンザはどう判断するか分かれそうなところだけど。
 事業仕分けは完全につい最近の言葉じゃないの。しかもニュース関連くらいでしか聞かない。

 これでは本当に、ランニングを着て傘を背負っている大将が来ちゃうよ。

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2008年1月 8日 (火)

裁判官を告訴することが可能ならば…

 本当にあまりにも酷い判決をする裁判官などに対して告訴するということは出来ないものですかね。

 もちろん福岡の3児死亡飲酒運転追突事件のことです。追突事故とはあえて書きません。

 懲役七年六ヵ月。明らかに逃げ得になる量刑ですね。常軌を逸した判決といっても良いかも知れません。
 仮に飲酒運転で人を撥ねた場合、降りて介抱したり救急車を呼んだりしても、撥ねられた人の結果が同じなら、そのまま轢き逃げして酔いを醒まして飲酒運転の痕跡を消せれば、後で出頭した方が罪が軽くなるという論法すら構築出来ないのでは、とても裁判をする値しない能力と思いますが。

 状況を聞くと、飲酒運転を抜きにしても、これは危険運転罪が適用されるのではないだろうか?

 飲酒や薬物を使用しての運転だけを危険運転と認識するべきではないはず。大幅な速度超過や故意の逆走、故意の幅寄せや車間距離の詰めなども、危険運転とされるはずではなかったのか。
 そうでないと、またおかしな話になる。飲酒・薬物使用における運転行為だけで済ましてしまえば、また同じことを繰り返すだろう。

 事故のあった道路が法定速度の60㎞/hだったとしても、100㎞/h出ていたとされているとなると、一発免停になるほどの速度超過で走っていたことになる。
 それに正常な判断が出来るというのなら、事故直後に追突された車がどうなっていたかも分かるはずだ。
 殺意がないにしても殺人事件と変わらないと言って良いくらい悪質なケースであるといえるだろう。

 そもそも酒酔い運転か酒気帯び運転かで危険運転致死傷罪を適用するかどうかの量刑を判断すること自体おかしい。

 人によって同じ酒量でも酔い方は異なるし、アルコールの分解の早さも違う。多く飲んでも酔わない人もいれば、少し飲んだだけで泥酔してしまう人もいる。すぐ酔いが醒める人もいれば、丸一日かかる人もいる。
 粕漬けを食べただけで呼気にアルコール反応が出ることもあるし、具体的な基準となるものがないからだ。

 私も酒には弱いからこの点はよく解る。私の場合は酔うのが嫌いだから、正月などの特別な日以外はまったく飲まないが。
 それでも元日の朝にお屠蘇少量飲んだときには、夜まで酒の影響で頭の調子が良くなかった。酔いが醒めていないというのではなく、酒を飲んだ時の気分の悪さがそのまま夜まで続いたというものだった。

 さらに被告は事故後に大量に水を飲んで証拠隠滅も謀ってもいる。情状酌量の余地もなしであろうに。

 これでは危険運転致死傷罪などあってないようなものだろう。飲酒運転による犯罪の見せしめとしての意味もある裁判だっただけに、その場は逃げて酒を飲んだ証拠も消してしまえば罪が軽減されると判断されれば飲酒運転などなくならないだろう。

 裁判官が社会悪を助長させるとあれば告訴も辞さないというのも有りであると思うが、いかがだろうか。

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2007年12月 5日 (水)

フィンランド式教育を間違えて認識していますよ

 TBSラジオ「バトルトークラジオ アクセス」を聴いていたら、気になることがありました。

 この日のテーマは「理系科目の力が落ちたのはゆとり教育のせいだけではない」ということについてだが。
 そのオープニングトークの中で、どうも間違った認識をしているのではないかという箇所があるのです。

 それが学力トップの国であるフィンランドでの教育の仕方に関すること。

 トークの中では、フィンランド式教育は、学習の遅れている生徒児童への補習を多く充てることで学習能力を上げるという内容を言っていたが、そこが注目される箇所ではありません。

 それを日本でやれば、ただの詰め込み教育に他なりません。

 目に見えるデータだけを追っていては本質を見抜けないという典型的な例ですね。
 ラジオで語る識者やスタッフの認識ですらこんな状態ですから、教育に関わるお偉いさんが気付く由もないでしょう。

 フィンランドの教育で重視されることは、生徒児童の学習意欲を向上させること。それが第一にと考えられています。

 教師の採用条件は、どれだけ子供達のやる気を引き出すことが出来るか。それが重要視されるのです。

 そのことを理解しなければ、結局授業時間数増加だけが先行して、内容はまったく伴わないということになるのは目に見えています。

 もっとも政府与党にとっては、物を知らない愚者が増えた方が選挙で勝ち易くなって得なのだろうけど。

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2007年11月 5日 (月)

小沢民主党党首辞任表明で、棚からぼた餅、福田餅

 またまた他党の自滅で延命されるのかこの自民党は。

 自民党の延命のために懐柔策を執ろうとして失敗に終わった福田康夫首相だが、小沢一郎代表が辞任表明をするという思わぬ形で民主党が自滅する形となった。
 ここまで考えていて密室党首会談を行ったというのなら、凄いと感心するが、到底そうではないだろう。

 でもこれでまた自民党の寿命が延びたのは確か。

 しかし、だからといって自民党が政治を任せるに値する集団ではないことには変わりない。そのことを有権者は肝に銘じておかなくなはならないのだが、またいつも通り、民主党が駄目ならと自民党支持に戻るのだろうな。
 それが最低限してはならないことだと知らずに。

 その支持をすることで、本当に世の中のことを真剣に考えている人間まで巻き込まないで欲しいのだが。というより邪魔をしないで欲しい。

 アメリカ軍の基地再編の再編交付金の問題から分かる通り、与党政府にとっては地方など植民地に等しいと思っているようだから。
 まともな政府のすることではないよ、これは。

 食品偽装で赤福餅や御福餅が問題なっている。
 私は赤福はあまり好きではないので特に残念とも思わないが。あの色は不自然で好きではないのですよ。赤色1号とかコチニールとか使っていそうで。

 赤福餅や御福餅にちなんで福田餅とここでは書いたが、一番回収して欲しいものがまた残ることになってしまうのでしょうか?

 やっぱり今夜の「バトルトークラジオ アクセス」のテーマはこれでしたね。

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2007年9月23日 (日)

地元出身の総理というのは嬉しいものなのでしょうか?

 総裁選が終わって予想通りの結果にはなった訳ですが、また元の旧態依然とした自民党に戻りそうな様子です。

 それについては特に新しいことを言えることはないので、この話題はそれ以上言及しませんが。

 今日のニュースを観ていたら、街角のインタビューで「地元の県から何人目の総理が生まれる」と喜んでいた声があったが、それって果たして喜べることなのだろうか? と思いました。

 私の場合は、地元の総理というと小泉元総理(現時点ではまだ前総理ですね)なのですが、特に嬉しくはありませんでした。
 むしろ地元の恥晒しと思っていたくらいでしたから。
 支持率が9割近い頃ですら、私は小泉氏を支持していなかったので特殊な例かも知れませんが。その頃は静観していたので、そこまでの感覚は抱いていなかったものの、何となくそんな要素はありそうだと警戒していましたよ。

 同じ感覚で、出身校が同じの卒業生が総理になって喜んでいる例も見かけますが、それも同様に感じます。同じ大学なのが恥ずかしいと私だったら思ってしまうのですが。

 何をするのか、何をしたのかを、見極めてから喜ぶかどうかを決めた方が良いと思いますが。

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2007年9月18日 (火)

本来はしらけるべきなのでは?この総裁選

 星野仙一さんが吼えていますね。総裁選のマスコミ報道に対して。
 私も星野さん支持です。民意というものを何も考えていないマスコミが扇動しているのに不快感を禁じ得ません。

 発言の内容は「今の日本の『民意』というのはメディア、特にテレビが作っているものではないのか」というものです。

 福田氏が総裁選出馬表明した段階でとっとと出馬を取り消しして福田氏を応援する側に回った連中がまともな政治家とも思えないし、そんな者達に指示される側も、何も言っていない頃から支持を示すような考えなしに応援されるのは、かえって迷惑だと拒むのがまともな思考能力というものでしょう。

 しかしマスコミが発表する世論調査とネットの世論調査で、ここまで違うとは思わなかった。ネットで人気のあると言われる麻生氏が福田氏より高いのは想像に難くないが、福田氏支持は一般の50%以上とネットの10%前後とかなり幅がありますね。

 そして初めて杉村太蔵氏が良いことを言った。
 もっとも、「勝ち馬に乗ることだけが勝ちだとは思えない。派閥の親分が右だからと言って右に向くような、そんな先祖返りをするような選択しかできないようならば、はっきり言って政治家なんて誰でもできるじゃないか」
 との台詞ですが、そっくりそのまま本人が当てはまっていたことは自覚していたのでしょうか?

 まぁこれら総裁選報道については色々と言われていることだろうからここまでにして、本来書こうとしていたことを書きます。

 問題なのは、実質的に次期総理大臣を決める総裁選の投票は、自民党議員と自民党党員だけだということ。
 日本全体の首相を決めるのにだ。

 この期に及んでまだ自民党を支持している者達しか投票出来ないという事実。
 世界におかれた状況も、社会におかれた状況も、日本のおかれた状況も、政治におかれた状況も、そして未来も見えていない・見ようともしていない連中が一国の首相を決めようとしている、そんな絶望的な状況をだ。
 黙ってみているしかないということ。これに気付かないのだから。

 見ているだけの側としては、しらけるのも当たり前ですよ。前もって書こうとしていたことと、最初に書いた今日のニュースが当てはまる所があるのは巡り会わせだろう。

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2007年8月15日 (水)

改憲と九条と軍隊と

 8月15日ということで書きましょう。
 ちょうどNHKで「日本の、これから」という討論番組も少しだけ観たことでもあるし。

 しかし不思議なのが、改憲論の世論調査なのですよ。
 番組中で、改憲肯定派は60%以上なのに、憲法九条の改憲賛成は30%以下というアンケート結果が紹介されていた。あとの30%はどこを改憲したいのだろうか? 漠然としていて解らない。
 よく時代に合わないと言う人がいるが、例えば九条はいつ、時代に合ったことがあったのだろうかと思ってしまう。

 戦争が終わってたった5年で朝鮮戦争が勃発し、それ以降も世界中で紛争が起こっている。過去にも戦争がなかった時代などあったのか? ということになる。

 そういう意味で私は改憲には消極派だ。具体的な現実性がなく実現性がない。

 九条改憲の理由の第一位、「自衛隊の存在を明記すべき」というのには私も異論はない。そういう意味で消極的ということです。軍隊が存在することで抑止にはなることは事実。自衛隊は否定しない。だが軍隊というものは抑止以上の存在意義はないのだが。
 なので改める意義が見つからないのだが。

 もし日本が戦争をする国になり戦争状態になったら、誰が戦力を指揮出来るのか? という疑問もある。
 今の日本には安倍総理、小泉前総理、石原都知事も含めてまともに軍隊を運用することの出来る政治家や指導者がいるのか? 自分の命を預けられるほどの戦略眼を持つ人が政治家の中に存在するのかということだ。
 私は皆無と思っている。

 タカ派と言われる人は特にだ。先の戦争の検証をしているようには見えないし。どうして負けたのか、どうすれば勝てたのかという検証も聞かない。
 敵を知り己を知れば百戦危うからず。という言葉もあるのに、敵国語だからと英語も使ってはいけないなど、敵を知ろうともしなかったことへの指摘も聞かない。

 国防はどうするのか? という話もあるが、現実的に国を守ることなど出来ないだろう。
 ミサイル防衛も確実性はない。防衛網をすり抜けるミサイルを造る方が簡単だからだ。仮にミサイルで撃ち墜とせたとしても、市街地上空なら破片で被害も出るだろうし、核ミサイルならどこで墜としても影響が出てくるだろう。
 そうなると先制攻撃でしかない。しかしこれは、こちらも撃たれることも前提としていなければならない。

 ちょうど今観ている「コードギアス」という戦争を扱ったアニメで、このような台詞があった。「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」という。撃たれる覚悟があって先制攻撃論を語る人はどのくらいいるのだろうか。

 そもそも軍隊は国民を守らないことは、過去も現在も洋の東西を問わず共通している。というより国民を守った軍隊というものが存在するのだろうか?

 つまり戦わずして勝つ。これが最も現実的なことだろう。

 現在、日本と関係の悪い国は、韓国、北朝鮮、中国、ロシアの四つ。逆を言えばそれ以外の国との関係は悪くないということだ。近いだけに注意が惹き付けられやすいが、むしろこの四ヵ国が例外と考えるべきだろう。
 そしてアジア諸国では、日本が戦わないことで日本を評価しているという国が多いことだ。経済も技術もある日本が武装強化したらアジア各国はもちろん、ヨーロッパ各国はそれこそEUのように連合しないと対抗出来なくなる。警戒するのは当たり前のこと。
 たった四ヵ国のために多くの国を警戒させる必要などない。今以上に友好的な関係を築いて四ヵ国を孤立させるくらいのつもりでやっていく方が善いだろう。日本を敵に回せば世界中を敵に回すくらいのつもりで。

 まぁそうしたところで方針まで変える国ではないけどね。北朝鮮とロシアは体制の問題だし。体制が変わらない限りは日本に対する姿勢は変えないだろう。韓国と中国はそういう国民性だから。自分達が他からどう見られているかをあまり気にしない。だから他の国では韓国人入店禁止とか中国人入店禁止の店が結構あるそう。

 最後に、番組中でフリーターの人が、改憲されて戦争とかになれば今よりはマシになるだろうということ言っていたが、今より良くなることはありません。死んでも英霊となる前に無駄死にとなるだけです。今の「政治下」では特に。戦争になれば社会的弱者が真っ先に殺されるのは戦争の常ですよ。

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2007年8月 6日 (月)

企画案 西暦ガンダム企画その2 世界観

 前回はキャラクターについて書きましたが、今回は「ガンダム00」を参考に、少し真面目に世界観について話そうと思います。

 西暦を使い、最も我々の時代と密接な繋がりを持つことになる「ガンダム00」ですが、現代の時点でもすでに問題視されている事柄も描かれるのでしょうか。

 例えば自爆テロ。自爆テロリストを養成する訓練施設なんてものも現実の世界には存在するようです。そのテロリストになる者達は、家族や親しい人を殺されて自身の生きる気持ちも失った人達です。
 だからといって自爆テロを認めるつもりはありませんが。ですがその動機が解らないと根本的に治まらないのも確かです。

 物量による武力で圧倒する勢力に対抗するのに、小学生くらいの子供に銃を持たせる少年兵などを投入するとかいう現実と同じようなことを描かれるのか。
 戦争しか知らないために日常生活すら免疫がなく困難で、結局戦場でしか生きられない子供ばかりになる。
 これは、それをコメディにしたライトノベル小説「フルメタルパニック」でも書かれていますね。

 人身売買までもあります。戦争の兵士として、ほとんどただ同然の労働力として、他にも……。

 果たしてどこまで描けるのか。それとも一切描かないのか。

 今の日本がそのまま未来になったら、おそらく敵を攻撃するのが当たり前の、弱小国を力で抑え込めるファシズムに加担する国となっている可能性が高い。もちろん戦争など加害者側と大衆心理の感覚しか持たないから、自分達には直接戦禍は及ばないことをいいことに平然と他国を武力攻撃することを厭わない国民になっているだろう。

 そこで前回書いた、21世紀の我々と共通する記憶と感覚を持つ者が居たらどう思うか? その者がその時代の自分の国を見て、違和感を抱かずにはいられないはずだ。
 あるいは、そういう世界と同じ時代に生まれ育ちながらも、その中で冷静に物事を客観視することが出来る人間もまた存在する。

 おそらく自分の国の国民に対しても疑問と反感を持つだろう。そういう者に最強の機体を委ねてみたら、どう使うのか興味がありませんか?
 というのが、私の考える世界観です。

 それに二者択一などの選択を取り入れてみたいです。
 どれを選んでも後味の悪い思いをする選択を主人公に選ばせる。

 こちらを選べばあちらが助からないかも知れない。逆もまた然り。戦争というものは理不尽で不条理なものだと解れば良いのですから。

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2007年6月14日 (木)

ヘリコプター不時着でヘリコプターが五月蠅い

 昨日のニュースや今朝の新聞でアメリカ軍ヘリの不時着騒動の報道がされていた。

 ちょうど家の近くでした。
 ヘリの不時着陸があったと知ったのは夜遅くのニュースだったのですが。

 昼を過ぎた頃に何度もヘリコプターがけたたましく飛んでいて、煩いなと思っていたのだけど、そのうち轟音が途切れなくなって外を観たら、ヘリコプターが何機も近所一帯を囲うように上空を回り続けていて。
 一度に4機見えて、さらに家の後方からも音が聞こえていたので5、6機は飛んでいたと思う。
 まさに煩い……というより五月蠅いです。

 それが何時間も飛んでいるんですよ。
 夜くらいになって一旦は音はしなくなったけど、しばらくしてまたヘリコプターの音が続いて。暑い日だったのに窓を閉めなければならなくなった。
 自宅は外の音がそこそこ防音されているのだが、それでも騒音が酷い。近所の他の家だったらもっと大変だっただろう。

 機体の色も判別出来るくらいの高度で、しかも家の真上も飛んだりと。ただ無意味に旋回しているだけ。
 墜落したら家に直撃する可能性もあると思ったし、前方のヘリと後方の間が数十メートル(おおよそヘリ4機分)くらいにまで接近するニアミスまであって。

 不時着は仕方ないにしても、何なんだあの無駄に飛び続けるヘリの団体は。そっちの方が大問題だろう。
 あまりにもただ旋回しているだけなので、てっきり見習いパイロットの練習で手抜きのために飛行時間を稼いでいるのかと思ったよ。

 ついでに言うと、あの不時着陸した場所から1.5㎞ほど離れた場所にヘリポートがあるんだよね。そこを選んでいれば大きな問題にならなかったのでは? それでも五月蠅いヘリが飛ぶんだろうけど。

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