カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2008年1月 8日 (火)

裁判官を告訴することが可能ならば…

 本当にあまりにも酷い判決をする裁判官などに対して告訴するということは出来ないものですかね。

 もちろん福岡の3児死亡飲酒運転追突事件のことです。追突事故とはあえて書きません。

 懲役七年六ヵ月。明らかに逃げ得になる量刑ですね。常軌を逸した判決といっても良いかも知れません。
 仮に飲酒運転で人を撥ねた場合、降りて介抱したり救急車を呼んだりしても、撥ねられた人の結果が同じなら、そのまま轢き逃げして酔いを醒まして飲酒運転の痕跡を消せれば、後で出頭した方が罪が軽くなるという論法すら構築出来ないのでは、とても裁判をする値しない能力と思いますが。

 状況を聞くと、飲酒運転を抜きにしても、これは危険運転罪が適用されるのではないだろうか?

 飲酒や薬物を使用しての運転だけを危険運転と認識するべきではないはず。大幅な速度超過や故意の逆走、故意の幅寄せや車間距離の詰めなども、危険運転とされるはずではなかったのか。
 そうでないと、またおかしな話になる。飲酒・薬物使用における運転行為だけで済ましてしまえば、また同じことを繰り返すだろう。

 事故のあった道路が法定速度の60㎞/hだったとしても、100㎞/h出ていたとされているとなると、一発免停になるほどの速度超過で走っていたことになる。
 それに正常な判断が出来るというのなら、事故直後に追突された車がどうなっていたかも分かるはずだ。
 殺意がないにしても殺人事件と変わらないと言って良いくらい悪質なケースであるといえるだろう。

 そもそも酒酔い運転か酒気帯び運転かで危険運転致死傷罪を適用するかどうかの量刑を判断すること自体おかしい。

 人によって同じ酒量でも酔い方は異なるし、アルコールの分解の早さも違う。多く飲んでも酔わない人もいれば、少し飲んだだけで泥酔してしまう人もいる。すぐ酔いが醒める人もいれば、丸一日かかる人もいる。
 粕漬けを食べただけで呼気にアルコール反応が出ることもあるし、具体的な基準となるものがないからだ。

 私も酒には弱いからこの点はよく解る。私の場合は酔うのが嫌いだから、正月などの特別な日以外はまったく飲まないが。
 それでも元日の朝にお屠蘇少量飲んだときには、夜まで酒の影響で頭の調子が良くなかった。酔いが醒めていないというのではなく、酒を飲んだ時の気分の悪さがそのまま夜まで続いたというものだった。

 さらに被告は事故後に大量に水を飲んで証拠隠滅も謀ってもいる。情状酌量の余地もなしであろうに。

 これでは危険運転致死傷罪などあってないようなものだろう。飲酒運転による犯罪の見せしめとしての意味もある裁判だっただけに、その場は逃げて酒を飲んだ証拠も消してしまえば罪が軽減されると判断されれば飲酒運転などなくならないだろう。

 裁判官が社会悪を助長させるとあれば告訴も辞さないというのも有りであると思うが、いかがだろうか。

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2007年12月 5日 (水)

フィンランド式教育を間違えて認識していますよ

 TBSラジオ「バトルトークラジオ アクセス」を聴いていたら、気になることがありました。

 この日のテーマは「理系科目の力が落ちたのはゆとり教育のせいだけではない」ということについてだが。
 そのオープニングトークの中で、どうも間違った認識をしているのではないかという箇所があるのです。

 それが学力トップの国であるフィンランドでの教育の仕方に関すること。

 トークの中では、フィンランド式教育は、学習の遅れている生徒児童への補習を多く充てることで学習能力を上げるという内容を言っていたが、そこが注目される箇所ではありません。

 それを日本でやれば、ただの詰め込み教育に他なりません。

 目に見えるデータだけを追っていては本質を見抜けないという典型的な例ですね。
 ラジオで語る識者やスタッフの認識ですらこんな状態ですから、教育に関わるお偉いさんが気付く由もないでしょう。

 フィンランドの教育で重視されることは、生徒児童の学習意欲を向上させること。それが第一にと考えられています。

 教師の採用条件は、どれだけ子供達のやる気を引き出すことが出来るか。それが重要視されるのです。

 そのことを理解しなければ、結局授業時間数増加だけが先行して、内容はまったく伴わないということになるのは目に見えています。

 もっとも政府与党にとっては、物を知らない愚者が増えた方が選挙で勝ち易くなって得なのだろうけど。

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2007年11月 5日 (月)

小沢民主党党首辞任表明で、棚からぼた餅、福田餅

 またまた他党の自滅で延命されるのかこの自民党は。

 自民党の延命のために懐柔策を執ろうとして失敗に終わった福田康夫首相だが、小沢一郎代表が辞任表明をするという思わぬ形で民主党が自滅する形となった。
 ここまで考えていて密室党首会談を行ったというのなら、凄いと感心するが、到底そうではないだろう。

 でもこれでまた自民党の寿命が延びたのは確か。

 しかし、だからといって自民党が政治を任せるに値する集団ではないことには変わりない。そのことを有権者は肝に銘じておかなくなはならないのだが、またいつも通り、民主党が駄目ならと自民党支持に戻るのだろうな。
 それが最低限してはならないことだと知らずに。

 その支持をすることで、本当に世の中のことを真剣に考えている人間まで巻き込まないで欲しいのだが。というより邪魔をしないで欲しい。

 アメリカ軍の基地再編の再編交付金の問題から分かる通り、与党政府にとっては地方など植民地に等しいと思っているようだから。
 まともな政府のすることではないよ、これは。

 食品偽装で赤福餅や御福餅が問題なっている。
 私は赤福はあまり好きではないので特に残念とも思わないが。あの色は不自然で好きではないのですよ。赤色1号とかコチニールとか使っていそうで。

 赤福餅や御福餅にちなんで福田餅とここでは書いたが、一番回収して欲しいものがまた残ることになってしまうのでしょうか?

 やっぱり今夜の「バトルトークラジオ アクセス」のテーマはこれでしたね。

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2007年9月23日 (日)

地元出身の総理というのは嬉しいものなのでしょうか?

 総裁選が終わって予想通りの結果にはなった訳ですが、また元の旧態依然とした自民党に戻りそうな様子です。

 それについては特に新しいことを言えることはないので、この話題はそれ以上言及しませんが。

 今日のニュースを観ていたら、街角のインタビューで「地元の県から何人目の総理が生まれる」と喜んでいた声があったが、それって果たして喜べることなのだろうか? と思いました。

 私の場合は、地元の総理というと小泉元総理(現時点ではまだ前総理ですね)なのですが、特に嬉しくはありませんでした。
 むしろ地元の恥晒しと思っていたくらいでしたから。
 支持率が9割近い頃ですら、私は小泉氏を支持していなかったので特殊な例かも知れませんが。その頃は静観していたので、そこまでの感覚は抱いていなかったものの、何となくそんな要素はありそうだと警戒していましたよ。

 同じ感覚で、出身校が同じの卒業生が総理になって喜んでいる例も見かけますが、それも同様に感じます。同じ大学なのが恥ずかしいと私だったら思ってしまうのですが。

 何をするのか、何をしたのかを、見極めてから喜ぶかどうかを決めた方が良いと思いますが。

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2007年9月18日 (火)

本来はしらけるべきなのでは?この総裁選

 星野仙一さんが吼えていますね。総裁選のマスコミ報道に対して。
 私も星野さん支持です。民意というものを何も考えていないマスコミが扇動しているのに不快感を禁じ得ません。

 発言の内容は「今の日本の『民意』というのはメディア、特にテレビが作っているものではないのか」というものです。

 福田氏が総裁選出馬表明した段階でとっとと出馬を取り消しして福田氏を応援する側に回った連中がまともな政治家とも思えないし、そんな者達に指示される側も、何も言っていない頃から支持を示すような考えなしに応援されるのは、かえって迷惑だと拒むのがまともな思考能力というものでしょう。

 しかしマスコミが発表する世論調査とネットの世論調査で、ここまで違うとは思わなかった。ネットで人気のあると言われる麻生氏が福田氏より高いのは想像に難くないが、福田氏支持は一般の50%以上とネットの10%前後とかなり幅がありますね。

 そして初めて杉村太蔵氏が良いことを言った。
 もっとも、「勝ち馬に乗ることだけが勝ちだとは思えない。派閥の親分が右だからと言って右に向くような、そんな先祖返りをするような選択しかできないようならば、はっきり言って政治家なんて誰でもできるじゃないか」
 との台詞ですが、そっくりそのまま本人が当てはまっていたことは自覚していたのでしょうか?

 まぁこれら総裁選報道については色々と言われていることだろうからここまでにして、本来書こうとしていたことを書きます。

 問題なのは、実質的に次期総理大臣を決める総裁選の投票は、自民党議員と自民党党員だけだということ。
 日本全体の首相を決めるのにだ。

 この期に及んでまだ自民党を支持している者達しか投票出来ないという事実。
 世界におかれた状況も、社会におかれた状況も、日本のおかれた状況も、政治におかれた状況も、そして未来も見えていない・見ようともしていない連中が一国の首相を決めようとしている、そんな絶望的な状況をだ。
 黙ってみているしかないということ。これに気付かないのだから。

 見ているだけの側としては、しらけるのも当たり前ですよ。前もって書こうとしていたことと、最初に書いた今日のニュースが当てはまる所があるのは巡り会わせだろう。

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2007年8月15日 (水)

改憲と九条と軍隊と

 8月15日ということで書きましょう。
 ちょうどNHKで「日本の、これから」という討論番組も少しだけ観たことでもあるし。

 しかし不思議なのが、改憲論の世論調査なのですよ。
 番組中で、改憲肯定派は60%以上なのに、憲法九条の改憲賛成は30%以下というアンケート結果が紹介されていた。あとの30%はどこを改憲したいのだろうか? 漠然としていて解らない。
 よく時代に合わないと言う人がいるが、例えば九条はいつ、時代に合ったことがあったのだろうかと思ってしまう。

 戦争が終わってたった5年で朝鮮戦争が勃発し、それ以降も世界中で紛争が起こっている。過去にも戦争がなかった時代などあったのか? ということになる。

 そういう意味で私は改憲には消極派だ。具体的な現実性がなく実現性がない。

 九条改憲の理由の第一位、「自衛隊の存在を明記すべき」というのには私も異論はない。そういう意味で消極的ということです。軍隊が存在することで抑止にはなることは事実。自衛隊は否定しない。だが軍隊というものは抑止以上の存在意義はないのだが。
 なので改める意義が見つからないのだが。

 もし日本が戦争をする国になり戦争状態になったら、誰が戦力を指揮出来るのか? という疑問もある。
 今の日本には安倍総理、小泉前総理、石原都知事も含めてまともに軍隊を運用することの出来る政治家や指導者がいるのか? 自分の命を預けられるほどの戦略眼を持つ人が政治家の中に存在するのかということだ。
 私は皆無と思っている。

 タカ派と言われる人は特にだ。先の戦争の検証をしているようには見えないし。どうして負けたのか、どうすれば勝てたのかという検証も聞かない。
 敵を知り己を知れば百戦危うからず。という言葉もあるのに、敵国語だからと英語も使ってはいけないなど、敵を知ろうともしなかったことへの指摘も聞かない。

 国防はどうするのか? という話もあるが、現実的に国を守ることなど出来ないだろう。
 ミサイル防衛も確実性はない。防衛網をすり抜けるミサイルを造る方が簡単だからだ。仮にミサイルで撃ち墜とせたとしても、市街地上空なら破片で被害も出るだろうし、核ミサイルならどこで墜としても影響が出てくるだろう。
 そうなると先制攻撃でしかない。しかしこれは、こちらも撃たれることも前提としていなければならない。

 ちょうど今観ている「コードギアス」という戦争を扱ったアニメで、このような台詞があった。「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」という。撃たれる覚悟があって先制攻撃論を語る人はどのくらいいるのだろうか。

 そもそも軍隊は国民を守らないことは、過去も現在も洋の東西を問わず共通している。というより国民を守った軍隊というものが存在するのだろうか?

 つまり戦わずして勝つ。これが最も現実的なことだろう。

 現在、日本と関係の悪い国は、韓国、北朝鮮、中国、ロシアの四つ。逆を言えばそれ以外の国との関係は悪くないということだ。近いだけに注意が惹き付けられやすいが、むしろこの四ヵ国が例外と考えるべきだろう。
 そしてアジア諸国では、日本が戦わないことで日本を評価しているという国が多いことだ。経済も技術もある日本が武装強化したらアジア各国はもちろん、ヨーロッパ各国はそれこそEUのように連合しないと対抗出来なくなる。警戒するのは当たり前のこと。
 たった四ヵ国のために多くの国を警戒させる必要などない。今以上に友好的な関係を築いて四ヵ国を孤立させるくらいのつもりでやっていく方が善いだろう。日本を敵に回せば世界中を敵に回すくらいのつもりで。

 まぁそうしたところで方針まで変える国ではないけどね。北朝鮮とロシアは体制の問題だし。体制が変わらない限りは日本に対する姿勢は変えないだろう。韓国と中国はそういう国民性だから。自分達が他からどう見られているかをあまり気にしない。だから他の国では韓国人入店禁止とか中国人入店禁止の店が結構あるそう。

 最後に、番組中でフリーターの人が、改憲されて戦争とかになれば今よりはマシになるだろうということ言っていたが、今より良くなることはありません。死んでも英霊となる前に無駄死にとなるだけです。今の「政治下」では特に。戦争になれば社会的弱者が真っ先に殺されるのは戦争の常ですよ。

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2007年8月 6日 (月)

企画案 西暦ガンダム企画その2 世界観

 前回はキャラクターについて書きましたが、今回は「ガンダム00」を参考に、少し真面目に世界観について話そうと思います。

 西暦を使い、最も我々の時代と密接な繋がりを持つことになる「ガンダム00」ですが、現代の時点でもすでに問題視されている事柄も描かれるのでしょうか。

 例えば自爆テロ。自爆テロリストを養成する訓練施設なんてものも現実の世界には存在するようです。そのテロリストになる者達は、家族や親しい人を殺されて自身の生きる気持ちも失った人達です。
 だからといって自爆テロを認めるつもりはありませんが。ですがその動機が解らないと根本的に治まらないのも確かです。

 物量による武力で圧倒する勢力に対抗するのに、小学生くらいの子供に銃を持たせる少年兵などを投入するとかいう現実と同じようなことを描かれるのか。
 戦争しか知らないために日常生活すら免疫がなく困難で、結局戦場でしか生きられない子供ばかりになる。
 これは、それをコメディにしたライトノベル小説「フルメタルパニック」でも書かれていますね。

 人身売買までもあります。戦争の兵士として、ほとんどただ同然の労働力として、他にも……。

 果たしてどこまで描けるのか。それとも一切描かないのか。

 今の日本がそのまま未来になったら、おそらく敵を攻撃するのが当たり前の、弱小国を力で抑え込めるファシズムに加担する国となっている可能性が高い。もちろん戦争など加害者側と大衆心理の感覚しか持たないから、自分達には直接戦禍は及ばないことをいいことに平然と他国を武力攻撃することを厭わない国民になっているだろう。

 そこで前回書いた、21世紀の我々と共通する記憶と感覚を持つ者が居たらどう思うか? その者がその時代の自分の国を見て、違和感を抱かずにはいられないはずだ。
 あるいは、そういう世界と同じ時代に生まれ育ちながらも、その中で冷静に物事を客観視することが出来る人間もまた存在する。

 おそらく自分の国の国民に対しても疑問と反感を持つだろう。そういう者に最強の機体を委ねてみたら、どう使うのか興味がありませんか?
 というのが、私の考える世界観です。

 それに二者択一などの選択を取り入れてみたいです。
 どれを選んでも後味の悪い思いをする選択を主人公に選ばせる。

 こちらを選べばあちらが助からないかも知れない。逆もまた然り。戦争というものは理不尽で不条理なものだと解れば良いのですから。

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2007年6月14日 (木)

ヘリコプター不時着でヘリコプターが煩い

 昨日のニュースや今朝の新聞でアメリカ軍ヘリの不時着騒動の報道がされていた。

 ちょうど家の近くでした。
 ヘリの不時着陸があったと知ったのは夜遅くのニュースだったのですが。

 昼を過ぎた頃に何度もヘリコプターがけたたましく飛んでいて、煩いなと思っていたのだけど、そのうち轟音が途切れなくなって外を観たら、ヘリコプターが何機も近所一帯を囲うように上空を回り続けていて。
 一度に4機見えて、さらに家の後方からも音が聞こえていたので5、6機は飛んでいたと思う。
 まさに煩い……というより五月蠅いです。

 それが何時間も飛んでいるんですよ。
 夜くらいになって一旦は音はしなくなったけど、しばらくしてまたヘリコプターの音が続いて。暑い日だったのに窓を閉めなければならなくなった。
 自宅は外の音がそこそこ防音されているのだが、それでも騒音が酷い。近所の他の家だったらもっと大変だっただろう。

 機体の色も判別出来るくらいの高度で、しかも家の真上も飛んだりと。ただ無意味に旋回しているだけ。
 墜落したら家に直撃する可能性もあると思ったし、前方のヘリと後方の間が数十メートル(おおよそヘリ4機分)くらいにまで接近するニアミスまであって。

 不時着は仕方ないにしても、何なんだあの無駄に飛び続けるヘリの団体は。そっちの方が大問題だろう。
 あまりにもただ旋回しているだけなので、てっきり見習いパイロットの練習で手抜きのために飛行時間を稼いでいるのかと思ったよ。

 ついでに言うと、あの不時着陸した場所から1.5㎞ほど離れた場所にヘリポートがあるんだよね。そこを選んでいれば大きな問題にならなかったのでは? それでも五月蠅いヘリが飛ぶんだろうけど。

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2007年5月23日 (水)

バイオエタノール自動車の先行き

 トヨタ自動車がエタノール燃料にも対応したエンジンを導入するようです。

 今までトヨタは環境対策にハイブリッドエンジンのみを推していましたが、最もバイオエタノール燃料を使用しているブラジルでの販売を見定めてのこと。

 まあ、それについては悪いことではないと思う。一つの方法だけでなく幾つかの手段を講じておかなければ主流が移った時に対応出来ない。
 今までがハイブリッドに固執してきていたと言えるくらいだ。

 ただ、そのバイオエタノールも先行きが怪しくなっているものでもあるので、もっと先を見越した対策を今から練っておかなねばならないだろう。
 現にバイオ燃料作製に回されて、本来口に入るべき食材としての穀物類が減っている。本末転倒な動きになっている。

 電気自動車も結局は充電のために、物を燃やしたりして発電する訳だから根本的に環境対策として適当なのか判らない。

 要はどれか一つだけの手段を用いてエネルギーを使うのは得策ではないということなのだろう。

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2007年5月 4日 (金)

昭和の日…浸透していないね

 国民の休日改めみどりの日。でも、みどりの日になったというそんな感覚でいる人はほとんど見られない。

 過日4月29日も、みどりの日から昭和の日に名前が変わったが、変わったこと自体を意識している人がどのくらいいるだろう。

 第一、この「昭和の日」という名称が胡散臭さを感じずにはいられない。政府の意図が戦前回帰にあるという感じが見え見えな気がする。
 昭和の日支持者もなぜかこの話題を語る際に戦前戦中の思想の結び付けたがるから、余計にきな臭さを感じずにはいられない。それを考えても疑う余地もない感じだ。

 安倍首相が「戦後レジームからの脱却」と言っているが、一連の政界の動きを見ていると脱却どころか戦前再突入にしか見えないのだが。

 私は戦前回帰思想は嫌いだ。とはいえ左の人が言うような何にも考えず闇雲に戦争反対を叫ぶ思想でもない。
 戦前戦中の戦略戦術があまりにもお粗末極まりないものだからだ。その頃の事を検証もせずこれまた闇雲に戦争が可能な国にしようというのは、同じ失敗を繰り返すことは明らかなことだ。

 だから戦争や軍事を語るにはもう少し知識を付けろと言うているのに、未だそんな様子はない。

 ま、とにかく「昭和の日」も「5月4日みどりの日」も浸透していないのは明らかだ。
 しかしこれはこれで善いのだろうか? 国民が気付いた頃には戦争前夜ということになっていないか……。

 やはり今まで通りで良いのではないだろうか。別に名前自体にはこだわらないけれど、その裏にあるものを警戒したい。

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2007年4月23日 (月)

隣人が政治家になった

 統一地方選挙の後半戦も終わり、12年に一度の選挙年である今年の選挙戦前半戦が一区切りつきました。

 実は家族の話によると、この統一地方選挙の当選者の中に、隣家に住んでいた人物がいるとのこと。
 新聞を読めば確かに私と同年代のその人のようだ。
 両親は現在でも隣に住んでいる。

 自分の選挙区外での別の地区からの出馬だったので、立候補したこと自体まったく知らなかったのだが、それまでは政治家の秘書をやっていて今回出馬して当選、政治家となったらしい。

 まあ、無投票当選なのでどれほどの価値があるかは知らないが。

 例え地元の選挙区で投票選挙だったとしても、その人に入れるつもりはなかったけどね。入れる義理もないし。個人的付き合いもないし。
 ましてや政策を知らない。どんな政策やマニフェストを持っているかが分からない以上、知り合いだとしても投票することなどありえない。その辺の公私混同はしないつもりだ。

 とはいえ、子供の頃から知っているけど、その人は私のことを毛嫌いしていたから、だから私の方もあまり好い感情は持ち合わせていない。
 ただ私の方は仲良くしたいという気持ちはあったが。未だにその頃の毛嫌いしていた理由も知らない。

 それにしてもどんな政策を持っているのやら。

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2007年2月26日 (月)

稚児捨て山こと赤ちゃんポスト…

 熊本で赤ちゃんを捨てられる設備・通称赤ちゃんポストの設置する申請をしたという。
 正式名称は「こうのとりのゆりかご」と言うらしいが。

 赤ちゃんを箱に入れたら、担当の人が取り出して病院だか自治体だかで代わりに育てるらしいけど。

 そして厚生労働省は不許可にする理由がないと、それを許可する姿勢のようです。

 ま、大臣は「女性は子供を産む機械」と暴言を吐いた、その機械から製造されたからくり人形だから「ポストは産業廃棄物処理をする装置」くらいにしか思っていないでしょうが。

 しかしこの赤ちゃんポストは本末転倒のような気がします。

 確かに乳幼児に問わず子供の育児放棄は深刻な問題です。
 が、何故、そこらへんに捨てる乳幼児遺棄は罰せられるのに、ポストに遺棄すれば合法になるのか。
 これでは本来捨てなかった親も捨てるようになるかも知れない。罰せられなかったら捨てるという親はこの世には確実に存在するのに。ポストに入れ得になるのですよ。

 第一、捨てさせないようにするのが重要なのに、捨てるのを助長するのはやることが逆でしょう。
 一足先にポストが設置された(合法化はされていない)ドイツでも、これで乳幼児の遺棄が減ったという統計は確認されてはいないという。

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2007年2月13日 (火)

結果的には北朝鮮の事実上の一人勝ち

 6ヵ国協議で、北朝鮮の核施設を閉鎖する見返りに重油を提供するという合意がなされたらしい。
 TBSラジオ「バトルトークラジオ アクセス」の今日のトークテーマもその話でした。

 最悪といってもいいくらいの選んではいけない選択の一つをしてしまったようです。

 根本的に北朝鮮が嘘や約束破りを常套的に行ってきているということを理解した上で出した結論だとは到底思えないのだが。
 約束は破るためにあるものだと考えている節がある北朝鮮が、核施設の凍結など守ろうはずがないでしょう。

 支援が受けられればいつでも再開することは目に見えている。

 今までがそうだったように。

 しかも一ヶ所だけの凍結。まさに金正日に屈服した形だ。

 元々は、6ヵ国それぞれが自国の利益のみを考えて、その為には他国を貶めることも厭わないという意思が根底にあるからだろう。

 もし本気で北朝鮮の核武装をなくしたいと思うのなら、金正日体制を崩壊させる以外ないのだから。それが北朝鮮に住む人民全体の為でもある。体制の崩壊と北朝鮮人の救済は正に同意語。

 もし今回の協議から核施設及び核武装を止めるには、目には目をで、この約束を反故にして一切北朝鮮を相手にしないことでしょう。北朝鮮パッシングという訳です。

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2007年2月 5日 (月)

柳沢厚生労働大臣ってまだ辞めないのかね

 新聞やニュースで「失言」と言っているけれど、あれは失言ではないですよね。

 普段から思っていないとあんな「女性は子供を産む機械」という言葉は出ないでしょう。

 失言というより、暴言や侮辱の言葉というべきです。
 しかも最も口にしてはいけない立場の人間が言ってしまっているのだから。
 厚生という語句って、今漢字変換の意味を見たら「生活を豊かにする」と書いてあった。

 第一、男は仕事をする、女は子育てをする。という棲み分けを謀ろう的な思想が現実的ではないというのに。
 明治時代に作られた、たかが150年程度の歴史でしかないのですよ、この発想は。伝統的でもなんでもない。

 厚生労働大臣の席にしがみついていることが恥ずかしい行為なのに。一体、いつになったら恥の上塗りを辞めるのでしょうか?

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アニメドラえもんの不評と憲法第九条

 声優が変わってからというもの、ぱっとしない「ドラえもん」ですが、大方の見方は声優変更よりも、作品自体の質の低下を指摘する人が多いようです。

 私も今のキャストになってからはまだ一度も30分丸々観たことはありません。もっともその時間には家にいないことが多いのですが。

 声優変更は致し方ないことだと割り切れるものの、原作の主旨を変えてしまっているとの声が多い上に、最終回を描いた同人作品を法的問題にしたことも批判の対象になっているようです。

 私もこの問題となった同人最終回を読んでみましたが、確かに矛盾する所やおかしな部分は見受けられたけれど、作品の善し悪しはともかく抗議出来る権利は藤子・F・不二雄さん本人くらいではないかとも思えます。

 要は主旨をどれだけ変えないか。ということだと思う。時代に合うか合わないかというものではなくて。

 「サザエさん」も、今の時代は核家族が一般家庭の構図が主流だが、それに合わせて三世代が同居する大家族から核家族にしてしまったら、それはサザエさんではなくなってしまう。

 同じことが憲法第九条にも言える。

 時代に合わない時代に合わないと言ったりアメリカに押し付けられた憲法だと言って政府は改憲を画策しているが、そもそも憲法九条が時代に合ったことなどあったのか?

 九条が入った今の憲法が創られてからたった5年で朝鮮戦争が起こり自衛隊が組織された。それ以降も紛争は世界中で絶えず続いている。
 むしろ日本が戦争に負けたからこそ、あのタイミングでしか創れなかった憲法だろう。勝っていればもちろんのこと、アメリカと戦争していなかったとしても創られることはなかった。

 もちろん法律が時代に追いついていないことなども少なくない。しかし、とても対応出来ない場合に変えるべきであって、憲法九条が時代に対応出来ていないとも思えない。
 現に世界中で起こっている国際貢献可能な問題は武力介入するような紛争だけではないのだから。
 何ゆえ国際貢献=武装した自衛隊派遣という発想になるのか。

 こう言うと私のことを左の人かと思う人もいるかも知れないけれど、左ではありませんよ。右も左も嫌いですから。私は暴走する者を殴ってでも止めようとするタイプの平和主義者ですから。

 時代に合うとか合わないとか、誰が作ったかとかいうことではなく、どう作るか。どう動かしてゆくのかが問題だろう。

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2007年1月27日 (土)

NHK受信料支払い義務化についての意見を

 たまには社会の出来事についても書かないとね。久々に「バトルトークラジオ アクセス」(TBSラジオ)の24日水曜日のテーマでも上った、NHK放送受信料義務化案の賛否について書こうと思います。

 一応、うちは受信料を払っているのでそれなりに言うことは言える立場だと思いますが。

 結論から言うと私は反対の立場です。

 払いたくない人の気持ちも解りますので。確かに局の体質を改善しないことには納得して払えないと思える。

 しかし反対する最も大きな理由は、義務化した場合にテレビを持たず視聴しない人も支払いに応じなければなくなるということが起こる。それが問題です。

 一切テレビを観ない人は完全に払い損になります。

 ではどうやってテレビを観ない人を判断するのか? 今は家にテレビが置かれていなくても携帯電話やパソコンにもテレビ放送を受信可能な機能が内蔵されている時代です。
 それを一々、集金する職員が中身を見て判断出来るのか? ということです。

 国勢調査の調査員と同じ苦労を重ねることになるでしょうね。結局困るのは集金担当の職員。強制でなかったからまだやってこれたけれど、払っている側とだけでなく払う必要のない側とも不公平感が生じてしまうのです。

 まずは局側の体質を改め、地道に改善すれば払うという人達を納得させるところから始めないといけませんね。

 あとは「NHKは観ないし、受信してくれとも頼んでいない」と言う、いらない派の人達ですね。

 「アクセス」の26日金曜日テーマでもあった「給食費不払い保護者の問題」での番組中のトークでも、受信料不払いと同じようなと言っていたが、全然違う問題ですからね。

 テレビは観なくても災害などの例外を除けば命に関わるものではない。
 しかし食事は摂らないと命に関わる。
 受信料を払わなくても、いじめや差別が起こる可能性は低いだろうが、給食費を払わないと、いじめの対象になりかねない。

 確かにテレビはあっても観ないという人も払い損になりますね。放送を受信する手段も増えているから。

 それこそ第二東京タワーなど建設する必要があるのか疑問になるくらい。
 今は地下に共同溝を埋めて、電気、ガス、上下水道、電話線、テレビケーブルなどを一緒に埋設しようという動きも広がり始めているようですし。

 この部分は義務化だと難しい課題ですね。

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2006年12月18日 (月)

社会風刺・赤鼻のトナカイ

♪真っ赤なお鼻の~ トナカイさんは~
 いつもみんなの~ 笑い者~
 でもその年の~ クリスマスの日~
 サンタお爺さんは~ 言いました~
 暗い夜道は~ ピカピカの~ お前の鼻が 役に立つのさ
 いつも泣いてた~ トナカイさんは~
 今宵こそはと~ 飛び降りました~

 お終い

 「飛び降りました」の部分を「飛び込みました」や「首吊りました」にしても意味は同じです。

 解説すると、心の傷を負っていたトナカイさんはサンタのお爺さんの一言が止めとなって自殺してしまいましたとさ。という替え歌です(最後の部分しか替えていないけど)。

 慰めたつもりでも慰めどころか逆に傷つけてしまうことはよくある話で、人によって何が傷つく言葉なのかはそれぞれで分からないものです。

 でもよく歌詞を考えると、このサンタクロースの言葉って確かに、逆に傷口に塩を塗りこむ皮肉にも聞こえたりします。

 頭のはげた人に夜道で役立つゆうたら、殴られんで~。
 と、あずまんが大王でもそんな台詞がありましたし。

 赤鼻のトナカイさんにとっては、

♪ク~リスマスが殺しにやぁって来る~

 ということでしょうか。

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2006年9月20日 (水)

一番選んではいけない人を総理にするつもりですね

 誰が総理になっても今よりさらに悪くなるのは分かりきったことだけど。こうまで勝ち馬に乗る、理念のない総裁選びで本当に良いのかと思う。

 谷垣氏も麻生氏も旧来の自民党体質に戻そうという考えの政治家だけど、安倍氏はそれを含めさらに明治時代にまで遡ろうという思想の人だ。
 しかも悪い部分の明治憲法に近付けたがっているように見える。

 一言で言って時代の読めない人の筆頭。

 ミサイル防衛だの集団的自衛権だの先制攻撃論だの叫んでいるけど、北朝鮮の主戦力は数も燃料も不足している上に命中率の悪いミサイルでもなく、すでに日本国内に潜伏している、そして上陸してくるテロやゲリラなのに。

 そんな都庁や六本木ヒルズや原発を攻撃目標にしている特殊工作員たちを、ミサイルで狙うつもりなんですかね?

 現実が見えていない人がトップになることの脅威は、60年前はもとより、この5年間だけでもう充分解っているはずでしょうに。

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2006年6月15日 (木)

あきれた韓国政府の主張の転換

 竹島(韓国名独島)の領有権を主張する韓国が、排他的経済水域(EEZ)の境界線画定交渉において、以前は竹島を島ではなく岩だと言って日本が主張する島との認識に反論していた過去があった事を、今日の新聞報道で初めて知りました。
 それを近年では転換して島だと言ってきているということを。

 細かいことは分からないが、過去のEEZ境界画定交渉では竹島を岩としながらも、領有権の方では自国の領土と主張してきたということだった訳ですね。

 何それ? 本当に自分の国の都合のみを考える国に拍車がかかっていると感じてしまいますよ。

 そもそも韓国の人々は、この領有権問題の発端と経緯をどこまで知った上で島の主張をしているのだろうか?
 そして韓国には、かの島を自国の領土として記した歴史的な文献はあるのだろうか?

 私は以前テレビでだが、250年以上前に書かれたという、竹島を日本の領土として記載された書物を見たことがある。

 竹島が日本の領土として編入され国際的に境界を制定したのが1905年。まあ、これは先に国際化したのが朝鮮より日本の方が早かった、早い者勝ちになってしまった経緯があるから致し方ないだろう。というより、もっと早くされていれば問題も大きくならなかったと思うが。
 韓国側にとっては日朝併合の過程のための占領と位置付けているということだが。

 だが戦争で日本が敗戦し戦争以前の領土に戻されたときに、当時の朝鮮が、かの島は元々我々の国の領土だと主張し、それを連合国軍側が鵜呑みにしてしまったことから話がややこしくなった訳だが。

 これによって日本が不当占拠だと主張するのも、韓国が取り戻しただけだと主張するのも、結果としてどちらのものになるのか、半分ずつ分け合うのか、共用の領地にするのかは、それは両国の政府同士が話し合いで決める事。政治家を含めた私ら個人がどうこう口を出すものでもないし、どのような結果になろうとも決定事項は納得出来なくても受け止めるべきである。

 だが、自分らの主張だけ一方的にして話し合いにも応じない。しかも軍備をちらつかせる行為は、とても正当な主張とは言えない。相手が戦争を禁止した国であればなおさらの事。

 韓国政府は国際調停裁判には応じないと言っている理由は、もちろん裁判を行えば韓国が負ける可能性が高いことを知っているからなのだが、今回の転換はかなり自国の正当性を欠いた転換だったろう。

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2006年6月13日 (火)

救急車有料化について。患者には客観的な判断だけでなく主観視点にも立って

 救急車での搬送を有料化しようという案がある。
 タクシー代わりに救急車を使うなどの、本来の使われ方がなされていない以上、私は賛成の立場です。
 もちろん緊急を要する患者の搬送は無料であることが前提であるけれど。

 でもその搬送された患者の搬送代が有料となるか無料となるかの判断基準には、慎重な論議の下で基準を設けてほしい。

 調査によると、搬送した患者の60%は入院の必要はなかったとのことだが、それとは別に考えなくてはいけないだろう。
 意識がないなどはっきり必要性の分かる場合は良いが、例え少量の出血や軽い怪我であったとしても、患者本人がパニックを起こしていたり大きく不安になっていたりする場合などもある。その場合は無料での搬送であるべきだと思う。

 私も救急車で運ばれた経験があるから分かるのだが、救急車が来るまでの時間のこの間に「救急車が来るまで持つのだろうか」と不安で心細くなった経験があった。
 そして担架に乗り救急車内に入れられたとき、安心したのを覚えている。

 客観的には元気そうでも、精神的に安定しているとは限らない。

 事実、私も担架に乗るまでと救急車を降りて治療室へ行くまでは自力で歩いて行った。
 客観的には大したことはないと思えたはず。
 しかし、自分にとっては初めての救急車搬送だったので、内心の動揺は相当なものだった。

 患者がどんな心境で救急車を待つかは分からない。それがある以上、有料無料の判断は慎重に下した方が良いと考える。

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2006年6月12日 (月)

お金を儲けること自体は悪いことではないけれど。ただ……

 自分だけが利益を得ようとすること、他人に大きな損害を与えること、が悪いことなのです。

 企業は、商品を売る側は儲けることが前提ではあるものの、売ることによって相手が損害を被るような商品を売るものではないということ。
 これは商売においての鉄則です。

 仮にお金を払う立場の人でも、お金を出した甲斐があった、欲しい物がこの値段で替えて得をしたと納得するような物を求める。お金を出す客側も対価を支払うのであり、損があってはいけないのだ。

 ここのところよくある株関係の事件や偽装・欠陥関係の事件での渦中の人間は、それが分かっていない。

 損して得を取れ。という言葉がある。

 損はこの場合、お金。得はこの場合は信用。延いては長い目で見れば顧客が増えてより大きな利益を得る。という言葉だ。……まあ、本来なら説明しなくても分かる言葉なのだが。

 それを忘れている・理解していない人間が多いのも確かだと思う。

 近年は「旅の恥はかき捨て」という言葉は悪い意味で使用されることが多くなっているが、商売においても悪い意味での方で同じことが言えるのではないか。
 安いから、便利だからという理由だけで買い物をする。その店や企業に対する思い入れはない、一度きりのやり取り。企業もそう。

 売り手側は赤字にならない程度に、場合によっては赤字覚悟でお買い得な商品を提供し、買い手側はそれを買う。金額に見合うだけの商品であって初めて満足するのです。

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2006年5月21日 (日)

共謀罪の適用第一号はこの集団を希望

 今国会での共謀罪法案の成立は見送られたようだけど、まだ無くなった訳ではないので引き続き政治の行方を追っていかないといけませんね。

 共謀罪も、早くも現場から実効性のなさが指摘されています。
 杉浦法務相は「テロ集団の中から密告者が出て、一網打尽に出来れば良い」と言っているようだが、そんな裏切り者の出現を期待する時点でかなり既存の組織犯罪には使えない法だと思えないのか? と思う。

 第一、現場の声では「実行行為がないのにどうやって犯罪を認識するのか?」「一人自首してきたとしても、たった一人の供述で立証は出来ない」と現実的なことを言っている。

 その通りでしょう。一人の供述で犯罪が立証出来てしまえば、裏付けも必要なくなるし、誰かを陥れるためにでっち上げをする者も出てこよう。
 ますます治安維持法の様相が浮き出てきますね。

 もしそれでも共謀罪法案を成立させたいのであれば、真っ先に適用してほしい団体・集団があります。

 共謀罪を初めて聞いたときの感想で、前に共謀罪について書いたときに書こうと思いながらも忘れてしまったことでもあります。

 その団体・集団とは、

 政府与党です。

 今の日本国内において日本国民において危険な集団のトップ3は、

  1. アメリカ軍
  2. 政府与党
  3. 政府官僚

 でしょう。

 人によっては二位と三位の順番が異なる場合がありましょうが、この三つであることに賢い方は異論もないでしょう。

 アメリカ軍は治外法権だから除外せざるを得ないとして、今の政府こそ危険な集団と化していますね。

 もし共謀罪で政府与党の政治家達も逮捕対象になるのであれば、組織犯罪処罰法の改正に賛成しても良いかも知れません。

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2006年5月14日 (日)

共謀罪が適用されればどうなるか

 最近になってようやく、ごく一部の報道番組以外のTVでも共謀罪について語られるようになりましたね。まだ共謀罪のことを知らない人もいれば、共謀罪のどこが悪いのだと言う人もいる。

 そういう人が言うには、組織犯罪を取り締まれて良いではないか。自分のような一般市民には関係ないとのこと。
 確かに詐欺グループなどを取り締まれる法律ではありますね。

 表向きには

 推理してみましょう。

 共謀罪でなら暴力団も一網打尽にすることも可能になる訳ですが、果たしていざ適用されれば暴力団は壊滅するのか?

 否。でしょうな。
 政治家や官僚の中には、暴力団がなくなっては困るという人がいるでしょうから。せいぜい末端の下部組織がトカゲの尻尾切りになるくらいでしょう。

 その証拠に、暴力団新法のときにはあれだけ圧力をかけていたのにも関わらず、共謀罪も無関係ではないはずの暴力団関係者からはこれといった目立った動きはない。自分らは安泰だということです。
 それを考えてみれば共謀罪が犯罪組織が対象ではないことは明らか。組織犯罪取り締まりは名目でしかないという訳です。

 では何が対象かと言うと、組織犯罪を名目にするほどであるから本当の目的を知られると猛反対されるとの思いがあると考えられますね。つまり政府の行いを批判する一般市民が第一のターゲットなのです。

 なぜそんな推測になるのかというと。それはこれまでの政府与党の言動から見れば容易に想像はつくでしょう。共謀罪の具体的な内容は私よりもっと詳しい方の解説を参考にしてください。

 教育基本法での愛国心明記、個人情報保護法、国旗・国歌法、住基ネットにまつわる一連のこと、などなど。最近知って驚いたのですが軍事裁判所設立なども考えているらしい。戦前のいつか来た道と重なるものを度々作り出そうとしているのだから、歴史を繰り返す。戦争がしたい。むしろそう考える方が妥当と言えようもの。
 個人情報保護法が適用されて一年経過しましたが、ダイレクトメールが減った話は聞きませんし、一番有効利用しているのは厚生労働省ですからね。情報隠蔽という部分で。

 つまり言論弾圧を可能とするものなのです。自分には関係ないと思っている人も共謀罪の対象になりかねないので無関係ではありません。
 共謀罪という名の治安維持法なのですよ。

 分かりやすく言えば、合コンに出席したとします。そこで出席者の一人が「犯罪を犯したいから協力してくれ」などと言ってしまえば、拒否しても適用範囲を拡大させて逮捕することを可能にするのが、この共謀罪の本来の使い方なのでしょう。
 もちろん極論ですが、有事になれば無いとは言い切れないのが歴史も証明されるところです。

 この共謀罪を語るには横浜事件を話さないといけませんね。

 横浜事件とは戦時中に起きた事件で、政府の批判記事を書いた記者達を共産党員とでっち上げて逮捕・拷問して弾圧した上、敗戦してGHQに戦時中の逮捕者への裁判権を停止・無効とされた後にもかかわらず、駆け込みで有罪判決とし刑を執行した事件。
 すでにでっち上げによる拷問を行ったことは明白になっている戦中最後にして戦後最初にして最大の冤罪事件です。この判決の無効と名誉回復を遺族達が求めたが、先日裁判所が免訴という事実上の責任放棄で逃げようとしているというのが現在の経過です。

 共謀罪のどこが悪いと考える人は、この法律で誰が困るのかだけでなく、誰が得をするのかを考えてみると良いですよ。
 昔から日本では政府与党や役人は自分らの私的な利益を第一に考えていますから。小泉政権になってからそれが顕著になってきていますし。

 政府が政策を提案すると言ったときには、政府与党に都合の良い政策を考えるものだとの前提で見ると、なぜそんな法案などが欲しいのかが理解しやすくなります。
 政府与党にしてみれば、国民の頭が悪ければ悪いほど自分達に有利となります。詰め込み教育もゆとり教育もそれを念頭に置いて考えると、説明がつくでしょう。

 謀略というものは首謀者が一番得をするものなのです。
 本能寺の変の真の首謀者は、最も得をした豊臣秀吉との説もありますからね(私はこの説が有力だと思っています)。

 私の推測が邪推か的を射ているかを判断するのは皆さんですけど。

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2006年4月 6日 (木)

愛国心とは政府に忠誠を尽くすことではないのです

 5日にTBSラジオで放送された「アクセス」のトークテーマは、「政府・与党が教育基本法に愛国心を盛り込む」ことに賛成か反対か。とのこと。

 結論から言うと私は、
 愛国心は個人個人が自主的に心に留めるものであって、政府にどうこう言われるものでも植え付けられるものでもない。ということです。

 愛国心を抱く人ほど、今の政府のやることを批判する側に回るのではないかと感じます。それほど政治が酷いし、祖国愛や郷土愛を持っていても日本を誇れない微妙な心境に陥ることになるでしょう。
 政治が良くなれば自然と愛国心も抱くようになるものです。

 国民に愛国心を持たせたいのなら、まずは今の政治家や官僚の人達が辞める方が手っ取り早いでしょうね。

 政治を見ていると、国民に愛国心を持たせようとする政府に危険な意図が感じられて不審になりもします。
 国民統制をしたいのでしょう。イラク戦争の反戦ビラを配った人が逮捕されるなど言論弾圧はしているし、マスメディアに批判をさせないよう規制も行っているし、先制攻撃による戦争が可能なよう法律を変えたがっているようですし、戦前の政府のやり方と重なってきています。

 愛国心自体・愛国心という言葉自体を道具にしてしまっては、ろくな政府にならないことはアメリカや中国や北朝鮮と変わらないでしょう。

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2006年4月 4日 (火)

小学校からの英語教育義務化についての私見

 3日にTBSラジオの「アクセス」でバトルトークのテーマにもされた、「小学校から英語の授業を義務化しよう」という動きがある。という話題で賛成か反対かの論議がなされていた。
 同様の話題を他のニュースでもやっていたので、たまには自分の考えをここに書こうと思います。

 でも大して目新しいことを言う訳でもありませんが。

 元々ブログを始めるに当たって「アクセス」でのトークテーマに対し自分の意見を書くつもりでいたけれど、今になってようやく書くことになります。
 なかなか書けるテーマもなかったし、あっても誰かが自分の意見を代弁するので書くこともなかった訳でして。
 今回も筑紫哲也さんがNEWS23で同意見を言ってしまっているので(筑紫さんは小学校からの英語の授業に意味がないと断言していましたが)、それとは少し角度を変えたことが言えればいいなと思います。

 まず、アジア三〇国あまりでの英語の成績が北朝鮮に次ぐ下から二番目の成績だったということだそうですが、それだけ中学・高校の英語の授業が役に立ってないということですよね。

 私は正直言いますと、英語の成績は学校内でも下でした(下から数える方が早いと言うまでもなく)。

 でもテレビでの一般の人達が英語を話すことになった際の英会話能力は、自分の方がまだましに受け答え出来るのではないかと思えてしまうくらい酷かったりします。
 学校の成績では自分より明らかに上だろうと思うのですけど。

 あるいはテレビ局側が意図的にそういう人ばかりを選んで使っているのかも知れませんが。

 せめて発音くらいはベタベタの日本語発音は止めましょうよ。

 そして、保護者の七割が小学校からの英語授業に賛成とのこと。

 どのような理由かによってこの回答に対する判断が変わりますね。

 今の中学校以上の授業方式を変えた上での賛成なのか。それなら私も分かりますが。
 ただ単に中学校以上からでは身に付かないからとか、早ければ早いほど良い。という考えでの賛成というのであれば、その保護者の教育水準が残念と言わざるを得ないでしょう。

 いくら英語が解っても、母国語が出来なければ言葉の組み立ても、判断力も付かないのですから。結局話せないのです。
 英語を自国語としていない国では、考えるときに母国語で考えてから英語に変換するのです。

 小学校の授業時間も詰まっていますし。

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2006年2月 6日 (月)

川崎縦貫高速鉄道計画は赤字解消出来ないのでは?

 工事予定のまま計画が凍結している川崎市の縦貫高速鉄道計画。南東から北西に長細い形の市を突っ切るように通される地下鉄なのですが。

 しかしなぜ縦貫なのでしょう? よく地元の新聞などを視ると、川崎市は南北に長いと書かれているが、どう見ても東西の方が長いのであるが。

 まぁ、それはそうと。

 現在は市長が勧める、それまでの計画では通らなかった武蔵小杉駅へと連絡するルートに変更する案が提案されているが、私は正直言うとそのルート変更は良いとは思えないのだ。

 確かに武蔵小杉駅はJR横須賀線の新駅が作られ、より一層川崎市の中央部に位置するターミナル駅として発展してゆくであろうし、地下鉄もそこに通すのはさらに大きく発展させることになるだろう。
 武蔵小杉以西の地域も交通の便は良くなる。

 しかし、不安要素は武蔵小杉~川崎間にある。

 同ルートは既にJR南武線が通っている。
 地下鉄だから当然、短距離路線であればJR線より料金は高くなるはず。両駅間を行き来する場合、通勤時刻でない日中は、乗換えが面倒だと思わない限りは、わざわざ乗車料金の高い地下鉄に乗ることもないはずである。

 縦貫高速鉄道は、路線を延伸して横浜市営地下鉄への連絡や相模原市への接続を考えた方が良いと思う。

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2006年1月10日 (火)

就職問題を例えるなら回転寿司みたいなもの

 ニート問題の続きです。
 書こうと思っていたのに思い出せなかった部分を思い出せたので書きましょう。

 ニートが就職できないその訳のもう一つ。
 これは雇用のミスマッチと言われるものと同じ原因だが、企業の即戦力重視が基にある。
 前にも書いた通り、ニートは社会から排除された者達だ。
 人と話す機会が少なくなるから必然的にコミュニケーション能力は一般的な人より劣り、就職の面接の面で大きな不利となってしまう。

 ここで一つ。面接などで受けが良い人は、面接慣れしている人達ということになる。つまりは、それだけ面接をこなしている=多くの就職やアルバイトを経験しているということ。全員がという訳ではないが。
 と、言うことは、それぞれの企業間を経験を持った人がくるくる回っていて、若い人がなかなかその輪に入れないという状況であるといえるのではないかと思う。

 だから回転寿司みたいと思うのです。

 ベルトコンベアーのレールの上に乗るネタは決まっていて、人気のあるネタはすぐ拾われ、ニートはレールにも乗らず売り上げにもならないガリ。
 その割りには順調に就職出来た人も短期間で辞めてしまう。
 これは自分の進んでいた道が違ったことに気付くからだろう。
 せっかく就職したのに雑用しかさせてもらえない。それだったらわざわざ学歴の高い者を採る理由がなく、学歴のない者でも構わなかったはず。
 自分である必要がない、そこが雇用のミスマッチなのだ。

 若い人達や子供は大人が求めたものに従って、学問だけを重視し、考える時間を与えずにすぐ答えを出させ、大人の求めた通りのものを身に付けて育った。
 エリートになることを大人達に要求されたのにも関わらず、しかし大人社会に入って実際に大人が要求しているものはエリートとは程遠い仕事。
 そして現実世界はエリート教育では役に立たない知識が多く、本当に重要視しなければならない事が大人社会で重視されている事とは異なっているのを知り、知識が通用しないということに、この時になって気付くのだろう。
 そしてニートが増えてしまう悪循環に陥るのだと思う。

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2006年1月 8日 (日)

ニートのより正確な姿はこうなのです

 以前ニート問題について書くと言ったので述べたいと思います。

 この問題を語る時によく、「甘えがあるのではないか」と言う者がいるが、そういう理解しようという気のない人々や社会がニートを作り出しているということを自覚した方がいいと思います。
 ニートと呼ばれる人々は、既に一度は社会から排除されている経験のある人が多いのだから。
 そして緩和されていると言われているが社会や企業は今でも学歴を重視していることは変わらず、学歴や肩書きで人間性を判断する傾向が続く以上、ニートは終始戦力外で問題外と見ている。
 ニートはいくら社会に参加したくても企業に就職したくても、まったく相手にされず言い分など聞く耳持たず門前払いの状態で、取り付く島がないままなのだ。
 つまりニートと呼ばれる人にどんな能力があろうが、どういう才能があろうが、どのような考え方を持っていようが、社会側・企業側にとっては「知ったことではない」というのが現実であるのだ。

 そして、私も経験があるのだが就職やアルバイトの採用試験などで、自分が落ちたのに何でこんな人が採用されている、もしくは面接官をしているのだろう? と思うことも少なくない。

 その正当な評価のされないと感じられてしまうあたりでも問題がある。
 人間的に認めたくない人が自分よりも社会的地位が高いことに理不尽を感じる、またはそんな者に落とされる自分に情けなさを感じて自信を失い、やる気をなくしてしまう。
 しかもこのようなことは一度や二度ではなく、ましてや学校を卒業してから急に経験するものでもなく、子供の頃から恒常的に挫折と排除されているを繰り返していることが多くのニートの特徴でもある。

 そういった社会の不平等感と閉塞感をニートの人々の多くは、頭で理解している、もしくは肌で敏感に感じているからこそニートと化すのである。
 もちろんそれとは異なる事情でニートになる人もいるが、私の言っていることはニートの人々からは支持されると思う。

 意外と頭の良い人は多いよ。
 少なくとも、選挙に立候補出来るほど裕福な生き方をしているだけでなく当選してはしゃぐようなどこかの国のバカ息子議員では、この問題を解決どころか理解すら不可能でしょうね。

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2006年1月 4日 (水)

太田総理と一緒になってしまった

 1月3日放送の「太田光の私が総理大臣になったら・・・秘書田中」を、平成教育委員会が始まるまでの一時間だけ観た。
 最初の二つ、「小泉チルドレンはテレビに出るな」と「自衛隊基地を田んぼにする」の法案だけ。

 私は、両法案に賛成の立場に立って聴いていた。
 前者の法案はだいたい放送中に出演者が代弁していたので、一つ付け加える程度。
 小泉チルドレンで国民の関心が向いたという反対者の意見だったが、その関心を煽ったのはマスコミであって、もしマスコミが冷ややかな目で新人議員を見ていたら、ただでさえ喉元過ぎれば熱さ忘れる国民の関心なんて向かなかっただろう。

 後者の法案は、田んぼにするという部分に迷ったが、言いたいことは分かるので敢えて賛成に回った。
 今の時代、武力で戦いに勝つという考え方がもう古いというのに。
アメリカほどの軍事力があってもテロは止められないのに、どう増強して国を守れと? 
 戦いで勝つにはまず情報力なのです。どこよりも早く精確な収集能力と、敵味方問わない情報送信能力。
 一応、私も武力を行使せず安価な方法で国一つ滅ぼせる、国家体制を崩壊させる方法を、いくつかは知っていますよ。
 趣味じゃないし平和主義者だからやるつもりもないけど。

 第一、日本が軍事強化しても、それをまともに戦略や戦術を用いて軍を運用できる政治家は、小泉首相や石原都知事も含めて、少なくとも私が知る限り皆無ですよ。
 みんな戦略や戦術の「せ」の字も知らないのだから。

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