カテゴリー「学問・資格」の記事

2009年5月 4日 (月)

「平成教育委員会2009!! 春の最新中学入試SP」の試験は… 2009.5.3 on air

 今回は何年かぶりの試験付きで「平成教育委員会2009!! 春の最新中学入試SP」が放送されました。

 まぁ……私の成績は……、良いことは間違いないのだろうけど、納得のゆく成績ではありませんでした。

 試験の方は1問5点で全20問の100点が満点なのだが、
 私の成績は65点。

 出演者と比べれば85点の宇治原史規さんに次ぐ二番に良い成績ではあるものの、前半の10問は全問正解だったのですよ。後半10問が大崩れして3問しか正解出来なかった。
 これは悔いが残るというものです。

 でも出題された通常問題の方は12点獲得で、こちらはこちらでもトップの宇治原さんを上回りました。
 高得点ポイントをしっかり抑えて正解出来たのが、この高得点の要因でしたが。それでなくても今回は当たっていた方です。

 しかし優等生の副賞の液晶テレビはリアルに欲しいな。

 次は夏休み頃ですね。

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2007年12月 5日 (水)

フィンランド式教育を間違えて認識していますよ

 TBSラジオ「バトルトークラジオ アクセス」を聴いていたら、気になることがありました。

 この日のテーマは「理系科目の力が落ちたのはゆとり教育のせいだけではない」ということについてだが。
 そのオープニングトークの中で、どうも間違った認識をしているのではないかという箇所があるのです。

 それが学力トップの国であるフィンランドでの教育の仕方に関すること。

 トークの中では、フィンランド式教育は、学習の遅れている生徒児童への補習を多く充てることで学習能力を上げるという内容を言っていたが、そこが注目される箇所ではありません。

 それを日本でやれば、ただの詰め込み教育に他なりません。

 目に見えるデータだけを追っていては本質を見抜けないという典型的な例ですね。
 ラジオで語る識者やスタッフの認識ですらこんな状態ですから、教育に関わるお偉いさんが気付く由もないでしょう。

 フィンランドの教育で重視されることは、生徒児童の学習意欲を向上させること。それが第一にと考えられています。

 教師の採用条件は、どれだけ子供達のやる気を引き出すことが出来るか。それが重要視されるのです。

 そのことを理解しなければ、結局授業時間数増加だけが先行して、内容はまったく伴わないということになるのは目に見えています。

 もっとも政府与党にとっては、物を知らない愚者が増えた方が選挙で勝ち易くなって得なのだろうけど。

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2007年8月15日 (水)

改憲と九条と軍隊と

 8月15日ということで書きましょう。
 ちょうどNHKで「日本の、これから」という討論番組も少しだけ観たことでもあるし。

 しかし不思議なのが、改憲論の世論調査なのですよ。
 番組中で、改憲肯定派は60%以上なのに、憲法九条の改憲賛成は30%以下というアンケート結果が紹介されていた。あとの30%はどこを改憲したいのだろうか? 漠然としていて解らない。
 よく時代に合わないと言う人がいるが、例えば九条はいつ、時代に合ったことがあったのだろうかと思ってしまう。

 戦争が終わってたった5年で朝鮮戦争が勃発し、それ以降も世界中で紛争が起こっている。過去にも戦争がなかった時代などあったのか? ということになる。

 そういう意味で私は改憲には消極派だ。具体的な現実性がなく実現性がない。

 九条改憲の理由の第一位、「自衛隊の存在を明記すべき」というのには私も異論はない。そういう意味で消極的ということです。軍隊が存在することで抑止にはなることは事実。自衛隊は否定しない。だが軍隊というものは抑止以上の存在意義はないのだが。
 なので改める意義が見つからないのだが。

 もし日本が戦争をする国になり戦争状態になったら、誰が戦力を指揮出来るのか? という疑問もある。
 今の日本には安倍総理、小泉前総理、石原都知事も含めてまともに軍隊を運用することの出来る政治家や指導者がいるのか? 自分の命を預けられるほどの戦略眼を持つ人が政治家の中に存在するのかということだ。
 私は皆無と思っている。

 タカ派と言われる人は特にだ。先の戦争の検証をしているようには見えないし。どうして負けたのか、どうすれば勝てたのかという検証も聞かない。
 敵を知り己を知れば百戦危うからず。という言葉もあるのに、敵国語だからと英語も使ってはいけないなど、敵を知ろうともしなかったことへの指摘も聞かない。

 国防はどうするのか? という話もあるが、現実的に国を守ることなど出来ないだろう。
 ミサイル防衛も確実性はない。防衛網をすり抜けるミサイルを造る方が簡単だからだ。仮にミサイルで撃ち墜とせたとしても、市街地上空なら破片で被害も出るだろうし、核ミサイルならどこで墜としても影響が出てくるだろう。
 そうなると先制攻撃でしかない。しかしこれは、こちらも撃たれることも前提としていなければならない。

 ちょうど今観ている「コードギアス」という戦争を扱ったアニメで、このような台詞があった。「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」という。撃たれる覚悟があって先制攻撃論を語る人はどのくらいいるのだろうか。

 そもそも軍隊は国民を守らないことは、過去も現在も洋の東西を問わず共通している。というより国民を守った軍隊というものが存在するのだろうか?

 つまり戦わずして勝つ。これが最も現実的なことだろう。

 現在、日本と関係の悪い国は、韓国、北朝鮮、中国、ロシアの四つ。逆を言えばそれ以外の国との関係は悪くないということだ。近いだけに注意が惹き付けられやすいが、むしろこの四ヵ国が例外と考えるべきだろう。
 そしてアジア諸国では、日本が戦わないことで日本を評価しているという国が多いことだ。経済も技術もある日本が武装強化したらアジア各国はもちろん、ヨーロッパ各国はそれこそEUのように連合しないと対抗出来なくなる。警戒するのは当たり前のこと。
 たった四ヵ国のために多くの国を警戒させる必要などない。今以上に友好的な関係を築いて四ヵ国を孤立させるくらいのつもりでやっていく方が善いだろう。日本を敵に回せば世界中を敵に回すくらいのつもりで。

 まぁそうしたところで方針まで変える国ではないけどね。北朝鮮とロシアは体制の問題だし。体制が変わらない限りは日本に対する姿勢は変えないだろう。韓国と中国はそういう国民性だから。自分達が他からどう見られているかをあまり気にしない。だから他の国では韓国人入店禁止とか中国人入店禁止の店が結構あるそう。

 最後に、番組中でフリーターの人が、改憲されて戦争とかになれば今よりはマシになるだろうということ言っていたが、今より良くなることはありません。死んでも英霊となる前に無駄死にとなるだけです。今の「政治下」では特に。戦争になれば社会的弱者が真っ先に殺されるのは戦争の常ですよ。

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2006年9月20日 (水)

一番選んではいけない人を総理にするつもりですね

 誰が総理になっても今よりさらに悪くなるのは分かりきったことだけど。こうまで勝ち馬に乗る、理念のない総裁選びで本当に良いのかと思う。

 谷垣氏も麻生氏も旧来の自民党体質に戻そうという考えの政治家だけど、安倍氏はそれを含めさらに明治時代にまで遡ろうという思想の人だ。
 しかも悪い部分の明治憲法に近付けたがっているように見える。

 一言で言って時代の読めない人の筆頭。

 ミサイル防衛だの集団的自衛権だの先制攻撃論だの叫んでいるけど、北朝鮮の主戦力は数も燃料も不足している上に命中率の悪いミサイルでもなく、すでに日本国内に潜伏している、そして上陸してくるテロやゲリラなのに。

 そんな都庁や六本木ヒルズや原発を攻撃目標にしている特殊工作員たちを、ミサイルで狙うつもりなんですかね?

 現実が見えていない人がトップになることの脅威は、60年前はもとより、この5年間だけでもう充分解っているはずでしょうに。

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2006年4月 6日 (木)

愛国心とは政府に忠誠を尽くすことではないのです

 5日にTBSラジオで放送された「アクセス」のトークテーマは、「政府・与党が教育基本法に愛国心を盛り込む」ことに賛成か反対か。とのこと。

 結論から言うと私は、
 愛国心は個人個人が自主的に心に留めるものであって、政府にどうこう言われるものでも植え付けられるものでもない。ということです。

 愛国心を抱く人ほど、今の政府のやることを批判する側に回るのではないかと感じます。それほど政治が酷いし、祖国愛や郷土愛を持っていても日本を誇れない微妙な心境に陥ることになるでしょう。
 政治が良くなれば自然と愛国心も抱くようになるものです。

 国民に愛国心を持たせたいのなら、まずは今の政治家や官僚の人達が辞める方が手っ取り早いでしょうね。

 政治を見ていると、国民に愛国心を持たせようとする政府に危険な意図が感じられて不審になりもします。
 国民統制をしたいのでしょう。イラク戦争の反戦ビラを配った人が逮捕されるなど言論弾圧はしているし、マスメディアに批判をさせないよう規制も行っているし、先制攻撃による戦争が可能なよう法律を変えたがっているようですし、戦前の政府のやり方と重なってきています。

 愛国心自体・愛国心という言葉自体を道具にしてしまっては、ろくな政府にならないことはアメリカや中国や北朝鮮と変わらないでしょう。

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2006年4月 4日 (火)

小学校からの英語教育義務化についての私見

 3日にTBSラジオの「アクセス」でバトルトークのテーマにもされた、「小学校から英語の授業を義務化しよう」という動きがある。という話題で賛成か反対かの論議がなされていた。
 同様の話題を他のニュースでもやっていたので、たまには自分の考えをここに書こうと思います。

 でも大して目新しいことを言う訳でもありませんが。

 元々ブログを始めるに当たって「アクセス」でのトークテーマに対し自分の意見を書くつもりでいたけれど、今になってようやく書くことになります。
 なかなか書けるテーマもなかったし、あっても誰かが自分の意見を代弁するので書くこともなかった訳でして。
 今回も筑紫哲也さんがNEWS23で同意見を言ってしまっているので(筑紫さんは小学校からの英語の授業に意味がないと断言していましたが)、それとは少し角度を変えたことが言えればいいなと思います。

 まず、アジア三〇国あまりでの英語の成績が北朝鮮に次ぐ下から二番目の成績だったということだそうですが、それだけ中学・高校の英語の授業が役に立ってないということですよね。

 私は正直言いますと、英語の成績は学校内でも下でした(下から数える方が早いと言うまでもなく)。

 でもテレビでの一般の人達が英語を話すことになった際の英会話能力は、自分の方がまだましに受け答え出来るのではないかと思えてしまうくらい酷かったりします。
 学校の成績では自分より明らかに上だろうと思うのですけど。

 あるいはテレビ局側が意図的にそういう人ばかりを選んで使っているのかも知れませんが。

 せめて発音くらいはベタベタの日本語発音は止めましょうよ。

 そして、保護者の七割が小学校からの英語授業に賛成とのこと。

 どのような理由かによってこの回答に対する判断が変わりますね。

 今の中学校以上の授業方式を変えた上での賛成なのか。それなら私も分かりますが。
 ただ単に中学校以上からでは身に付かないからとか、早ければ早いほど良い。という考えでの賛成というのであれば、その保護者の教育水準が残念と言わざるを得ないでしょう。

 いくら英語が解っても、母国語が出来なければ言葉の組み立ても、判断力も付かないのですから。結局話せないのです。
 英語を自国語としていない国では、考えるときに母国語で考えてから英語に変換するのです。

 小学校の授業時間も詰まっていますし。

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2006年1月10日 (火)

就職問題を例えるなら回転寿司みたいなもの

 ニート問題の続きです。
 書こうと思っていたのに思い出せなかった部分を思い出せたので書きましょう。

 ニートが就職できないその訳のもう一つ。
 これは雇用のミスマッチと言われるものと同じ原因だが、企業の即戦力重視が基にある。
 前にも書いた通り、ニートは社会から排除された者達だ。
 人と話す機会が少なくなるから必然的にコミュニケーション能力は一般的な人より劣り、就職の面接の面で大きな不利となってしまう。

 ここで一つ。面接などで受けが良い人は、面接慣れしている人達ということになる。つまりは、それだけ面接をこなしている=多くの就職やアルバイトを経験しているということ。全員がという訳ではないが。
 と、言うことは、それぞれの企業間を経験を持った人がくるくる回っていて、若い人がなかなかその輪に入れないという状況であるといえるのではないかと思う。

 だから回転寿司みたいと思うのです。

 ベルトコンベアーのレールの上に乗るネタは決まっていて、人気のあるネタはすぐ拾われ、ニートはレールにも乗らず売り上げにもならないガリ。
 その割りには順調に就職出来た人も短期間で辞めてしまう。
 これは自分の進んでいた道が違ったことに気付くからだろう。
 せっかく就職したのに雑用しかさせてもらえない。それだったらわざわざ学歴の高い者を採る理由がなく、学歴のない者でも構わなかったはず。
 自分である必要がない、そこが雇用のミスマッチなのだ。

 若い人達や子供は大人が求めたものに従って、学問だけを重視し、考える時間を与えずにすぐ答えを出させ、大人の求めた通りのものを身に付けて育った。
 エリートになることを大人達に要求されたのにも関わらず、しかし大人社会に入って実際に大人が要求しているものはエリートとは程遠い仕事。
 そして現実世界はエリート教育では役に立たない知識が多く、本当に重要視しなければならない事が大人社会で重視されている事とは異なっているのを知り、知識が通用しないということに、この時になって気付くのだろう。
 そしてニートが増えてしまう悪循環に陥るのだと思う。

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2006年1月 8日 (日)

ニートのより正確な姿はこうなのです

 以前ニート問題について書くと言ったので述べたいと思います。

 この問題を語る時によく、「甘えがあるのではないか」と言う者がいるが、そういう理解しようという気のない人々や社会がニートを作り出しているということを自覚した方がいいと思います。
 ニートと呼ばれる人々は、既に一度は社会から排除されている経験のある人が多いのだから。
 そして緩和されていると言われているが社会や企業は今でも学歴を重視していることは変わらず、学歴や肩書きで人間性を判断する傾向が続く以上、ニートは終始戦力外で問題外と見ている。
 ニートはいくら社会に参加したくても企業に就職したくても、まったく相手にされず言い分など聞く耳持たず門前払いの状態で、取り付く島がないままなのだ。
 つまりニートと呼ばれる人にどんな能力があろうが、どういう才能があろうが、どのような考え方を持っていようが、社会側・企業側にとっては「知ったことではない」というのが現実であるのだ。

 そして、私も経験があるのだが就職やアルバイトの採用試験などで、自分が落ちたのに何でこんな人が採用されている、もしくは面接官をしているのだろう? と思うことも少なくない。

 その正当な評価のされないと感じられてしまうあたりでも問題がある。
 人間的に認めたくない人が自分よりも社会的地位が高いことに理不尽を感じる、またはそんな者に落とされる自分に情けなさを感じて自信を失い、やる気をなくしてしまう。
 しかもこのようなことは一度や二度ではなく、ましてや学校を卒業してから急に経験するものでもなく、子供の頃から恒常的に挫折と排除されているを繰り返していることが多くのニートの特徴でもある。

 そういった社会の不平等感と閉塞感をニートの人々の多くは、頭で理解している、もしくは肌で敏感に感じているからこそニートと化すのである。
 もちろんそれとは異なる事情でニートになる人もいるが、私の言っていることはニートの人々からは支持されると思う。

 意外と頭の良い人は多いよ。
 少なくとも、選挙に立候補出来るほど裕福な生き方をしているだけでなく当選してはしゃぐようなどこかの国のバカ息子議員では、この問題を解決どころか理解すら不可能でしょうね。

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2005年12月28日 (水)

ニュース23 勝ち組負け組についての意見

 12月27日放送のTBSテレビ「筑紫哲也 ニュース23」で、勝ち組負け組の特集をしていました。これについて私も少し語りたいと思います。
 途中から観たので、もしかしたら語られていた事かも知れないのですが、勝ち組と負け組についての私なりの考えを言わせていただきます。

 今言われている勝ち組と負け組の問題点。それは始めから勝ち組は勝ち組、負け組は負け組に組み込まれているところだと思うのです。
 本人の実力が足りなくて勝ち組に入れない、本当の上での実力主義というのだったら諦めもつくというものだけど、現実は違う。
 実力に関係なく勝ち組として生まれた人は、そのまま勝ち組でいられるというもの。
 しかもこの日本では、物事に対する正当な評価を下せる目を持つ人が少ないのも問題だと思う訳です。
 つまり、特に今の時代は下克上が非常に難しい状況に感じるのですよ。それを若い衆も何となく気付いているからフリーターを職とする者が多いのであり、ニートが増えているのもそれが原因の部分も大きいと思います。
 ニートは社会からすでに排除されている経験を持つ人が多いのだから。

 ニートについては、いずれまとめて詳しく自分の意見を語りたいと思っています。

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